PKD患者の想い
子孫のために願う治療法の確立
架け橋として
ブリッジ、架け橋。私は多発性のう胞腎(PKD)の患者として、過去と未来をつなぐ架け橋でありたいと思っています。
自分の子供、将来の孫、ひ孫…そう、すべての子孫が、この病気で苦しむことのない時代を創るために。今この瞬間に、治療法が確立され、根治への道筋が見えてくることを心から願っています。
確実に50%の運命で遺伝するこの病気は、確かに心の中に複雑な感情を生み出します。でも同時に、私たちは歴史上最も希望に満ちた時代に生きているのです。
希望の芽吹き
新薬の登場
サムスカ(トルバプタン)の登場は、私たちPKD患者にとって大きな転換点でした。腎容量の増加を抑制し、腎機能の低下を遅らせる効果が実証されています。これは「進行を止められない病気」から「進行を遅らせることができる病気」への変化を意味します。
研究の進展
世界中でPKDの研究が活発に行われています。遺伝子治療、再生医療、新たな薬剤開発など、複数のアプローチで根治療法への道が探求されています。私たちの世代が経験した「何もできない」時代は、確実に過去のものになりつつあります。
国際的な連携
PKD研究は国境を越えて進んでいます。アメリカのPKD財団、ヨーロッパの研究機関、そして日本の医療機関が連携し、情報を共有しながら治療法の開発を進めています。この国際的な取り組みが、私たちに大きな希望を与えてくれています。
歩んできた道のり
若くして発症を告知されたとき、確かにスポーツからの断念を余儀なくされました。その瞬間から、PKDは私の心の中に住み着き、人生の重要な決断のたびに顔を出しました。
結婚への想い
結婚を考えたとき、パートナーにこの病気のことを伝える瞬間は、今でも鮮明に覚えています。でも、理解してくれる人との出会いは、私にとって人生最大の宝物となりました。
出産への決断
子どもを授かったとき、50%の遺伝確率に向き合う必要がありました。でも同時に、その子が生きる未来には、きっと今よりも良い治療法が確立されているという確信もありました。
だからといって、いつも辛かったわけではありません。健常な人と同じように、美味しいものを食べ、旅行を楽しみ、仕事にやりがいを感じ、家族との時間を大切にしてきました。PKDと共に歩む人生も、十分に豊かで価値のあるものだと心から思っています。
今、私たちにできること
情報共有
自分の体験や治療法について発信し、同じ境遇の患者さんやご家族と情報を共有する
研究支援
臨床試験への参加や研究機関への協力を通じて、治療法開発に貢献する
コミュニティ
患者会や支援団体との連携を通じて、PKD啓発活動に参加する
私自身の取り組み
臨床工学技士として医療現場で働く中で、PKD患者としての経験を活かし、腎代替療法士の資格取得に取り組んでいます。医療従事者とPKD患者、両方の視点を持つことで、より良い医療の橋渡しができると信じています。また、このブログを通じて同じ境遇の方々と想いを共有し、希望の輪を広げていきたいと思っています。
未来への確信
私は確信しています。私たちの子孫が生きる時代には、PKDは「完治可能な病気」になっているでしょう。
遺伝子治療の実現
PKDの原因遺伝子を修正する技術が確立され、根本的な治療が可能になる
予防医学の発達
早期発見・早期治療により、PKDの進行を完全に阻止することが可能になる
現在サムスカで腎機能の悪化を遅らせることができるようになったように、次の10年、20年で、さらに画期的な治療法が登場するでしょう。再生医療による腎機能の回復、人工腎臓の実用化、そして究極的には遺伝子レベルでの根治療法の確立。
その日まで、私たちは希望を持ち続け、今できることを精一杯やっていきましょう。不安を感じることもあるけれど、それ以上に大きな希望を胸に、前向きに歩んでいきたいと思います。
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※ 同じPKD患者として、皆さんのお役に立てる情報をお届けしています